花うつ

花子28歳独身。パワハラによるうつ病に悩まされ、リストカットにまで追い詰められた。でも、うつ病は必ず治る、私なりの独自の治し方で、うつ病と向き合っています。うつ病に効く食材を使った料理紹介や小説も公開予定です!現在はフリーライターとしても活躍中。お仕事依頼もよろしくお願いいたします。お仕事依頼は、south1989.1322@gmail.com まで!!小説家志望ですので、いつか本を出せたらいいなと言う野望も持っていますw

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うつ病の悔しさが詰まったノート

こんばんは、花子です!

風邪もだんだん良くなってきました。

寝違えの痛みは一晩でなくなりました。

 

なんとか今週中には体調は元に戻りそうです。

 

横になっている間に、スマホのアプリが一杯になっている通知が来たのでアプリを整理していました。

 

すると、そこにノートアプリがありました。

入れた覚えがなかったんですけど。。。そのアプリを開いたら、日付がうつ病になったばかりの頃に書いた日記がありました。

 

プライベートなことが多く書いてあったのですが、一部うつ病になったくやしさがかいてありました。

 

ちょっとそこを紹介します。

 

●自分を責めていた

「ごめんね、お父さん。ごめんね、お母さん。」そんな言葉が書き綴られていました。少し思い出したのですが、まだこのころにブログを始める気にもなってはいなかったころ。。。でも、自分の気持ちをどこにぶつけてよいかわからなかった頃に書いたんだと思います。

今はうつ病になった原因は、会社のパワハラだと信じています。でもこの頃、自分の弱さが原因だと思っていたんです。

自分は弱いから、うつ病になったんだと思っていたんですね。

戸惑いが責めに変わっていったんです。。。

 

●両親との関係性

ノートの八割に、両親の名前が書いてありました。

前にも話をしましたが当時は、うつ病であることが原因で両親との関係がぎくしゃくしていたんですよ。

その分、両親への不満や罪悪感が綴られていましたね。

でも、確かに辛い思い出なんですけど、今これをみることができて良かったなと思います。

今の私は、両親に対して苛立ちが多いんです。冷静になると、自分の情緒が両親への苛立ちを量産させているって考えられるんです。

だからこそ、うつ病になってしまった当時のころの両親の思いは大事にしようって思います。

そのうえで、これからの両親との関係性についてちゃんと考えようと思えました。

 

●決意だと感じた

ノートの最後に「生きたい」って書いてありました。

うろ覚えなんですけど、悩んで悩んでブログを書こうって決めたんやと思います。

仕事をしているときで、本当にしんどいところだったんですよね。

「死」というものが、常に頭の中にあったんだと思います。

でも考えて悩んで苦しんで、「生きる」ために伝えることをしようって考えたんですねきっと。

その「生きたい」が、自分の決意だと感じました。

だからその後に自殺未遂をしたことを、この頃の自分に謝りたいですね。

 

●まとめ

これをブログに書くか悩みましたが、この時期にこれを見つけなのは何か意味合いがあるのかなって思って書きました。

アプリの整理をしていましたが、このアプリは消せませんでした。

苦しかったんだね。でも、乗り越えて今を生きているんだ私。

今だって悩むことのほうが多いですが、生きていることを褒めてあげたいと思っています。